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2014年9月20日土曜日

何をするのか:パキスタン編(その2)

 事務局長の野口です。インド北部からパキスタンにかけての地域では、例年9月前半にモンスーンによる集中豪雨があり、しばしば洪水被害に見舞われます。今年も、9月第1週末ころからカシミール地方を中心に豪雨が続き、地滑り、家屋の倒壊、低地の浸水などが相次ぎ、インド、パキスタン両国であわせて500人以上の死者が出ました。またインドでは、北西部ラージャスターン州、グジャラート州などで、ふだんはほとんど雨の降らない乾燥地域でも集中豪雨があり道路が寸断されるなどの被害が出たようです。
 パキスタン側では、この集中豪雨による諸河川の水位上昇が継続中で、チェーナブ川、ジェーラム川、そしてインダス川本流へと洪水被害地域が南下しています。パンジャーブ州南部、シンド州では、近年の人口増加に伴って、従来は荒地のままだった氾濫原での農地開発が急速に進行しているのですが、そうした場所に入植した人びとはたびたび洪水被害に遭って貧困状態から抜け出せない状況となっています。
 そのような中で、パキスタン北部の世界遺産タキシラの一角で、保存されている遺跡の一部が集中豪雨により崩壊したり、雨漏りするなどの被害が出ているというニュースが入ってきました。詳細は、パキスタンの大手英字紙DAWNが報じています(こちら:英文)。
 今回の集中豪雨については、世界的な気候変動の影響を指摘する声もあるようです。今後も、こうした被害が続く恐れがあり、調査と対策が必要になってきます。

集中豪雨により崩落したジャンディアール(Jandial)の紀元前100年ころの寺院の一部(Dawnより

さて、前回は南アジア文化遺産センターが計画しているプロジェクトの一端を紹介しました。引き続き、調査研究や技術協力の計画について触れる予定でしたが、順番を入れ替えて、文化遺産保護の支援に関して紹介したいと思います。
 前回も触れたとおり、南アジアは現在、急速な経済成長の真っただ中にあります。その牽引役ともいえるのがBRICS(ウィキペディア)の一角であるインドであり、N-11(ネクスト11:ウィキペディア)に含まれるパキスタン、バングラデシュがそのあとを追う格好です。一方で、急激な経済成長の恩恵は国内の隅々にまで十分に行き渡っているわけではなく、貧困、保健衛生、教育など様々な問題の解決が焦眉の急となっています。このため、文化関連の政策は各国において優先順位が高いとは言えず、近代的なビル群や交通網の整備が進む一方で、世界遺産に指定されている遺跡ですら十分な保護の対策を講じられないままであるという状況となっています。
 こうした状況は、翻って見ればかつて日本でも高度経済成長期に起こっていたことでもあります。私たちは、その経験とノウハウを生かして、支援を行なうことができるでしょう。
 また、そこには日本とは異なる状況もあります。
 日本の場合、多くの遺跡は「わたしたち」の歴史の一部として認識され、尊重され、顕彰される傾向にあります。そのため、重要な遺跡の保護は、自分たち自身の文化や歴史の問題として取り扱われることになるのです。
 一方、古来、民族や文化の移動、交流と変化が繰り返されてきた「文明の十字路」とも言える地域ではどうでしょうか?
 上掲の記事に掲げたタキシラは、古代ギリシアと中央アジアの融合文化(グレコ・バクトリア)に、中央アジアに起源をもつクシャン朝がインドから仏教文化を導入して成立したガンダーラ仏教文化の中心地です。今日、この地の住民の大多数はイスラム教徒であり、大学や博物館、州政府で調査研究、遺跡保護に携わっている専門家も同様です。一般に、ここに残されている文化遺産は、現代の地域社会とは直接つながらないものと認識されています。
タキシラ・ダルマラージカのストゥーパと僧院跡(2013年撮影)

 それでも、これらの遺跡は放棄されたり破壊されたりせずに、保護されています。そこには、ユネスコをはじめとする国際的な支援もありますが、基本的には現地の人たちの努力によって、つまりイスラム教徒によって仏教文化遺産が保護されているのです。
 残念なことに、日本で、また世界各地で、この地のイスラム教徒は仏教文化の遺産に敵対的だという誤った認識が広まっています。ひとつには、2001年3月に起こった、アフガニスタン、バーミヤーンでの大仏破壊があまりにも衝撃的であったこと、もうひとつにはイスラム教に対する誤解があると思います。確かに、タキシラをはじめ多くの仏教文化遺産遺跡には頭部を破壊されたり、あるいは顔の部分を削り取られた仏像が少なからずあります。しかし完全なかたちで残されている仏像も多数あり、博物館などに収蔵されています。
 それらは普通に展示され、多くの市民が見学に訪れています。これまで、こうした博物館の展示が修正や閉鎖を余儀なくされたり、危機に晒されることは起こっていません(残念ながら、最大の危険は密売目的の盗難と密輸です。この問題については、いずれまた触れたいと思います)。
ほぼ完全に残された仏像(左)と顔面を削り取られた仏像
(いずれもタキシラ博物館、2013年撮影)
自分たちの宗教、文化とは異なっていても、人類全体にとって重要なものであるからという認識をもち、熱心に保護に取り組む専門家がいて、そのことが社会に普通に受け止められているということを、私たちはもっと知る必要があるでしょう。
 私たち南アジア文化遺産センターでは、こうした現地の情報を積極的に発信し、理解を深めることをていきたいと考えております。
(続く)

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